interview

『きおく きろく いま』『いぬごやのぼうけん』公開記念・水本博之監督インタビュー
(全4回 / 聞き手・構成 若木康輔 / 2017年収録)

新作ドキュメンタリー撮影風景  ©Yohei SATO


第4回 作家としての資質とこれから


水本さんは今後も、ドキュメンタリーとアニメーションを並行して作っていくとか。対照的な制作環境だと思います。アニメーションは特に、一枚ずつコツコツとひとりで絵を描き、撮っていく作業。周到に準備してから臨むのでしょう?


「始まりはなんとなく、イメージのままに、なんです。凄く非効率的な作り方をしていると思います。まず、ああ、こういう場面が必要かもな、と思って撮り始めても、同時進行でだんだんシナリオが固まっていって、結末まで決まっていくと、最初に撮った場面がしょぼくなる。美術も拙く感じられる。それをまた丸ごと作り直すんです。そうなると、その場面が良くなり、後半が弱く感じられる。ストロングポイントとなる場面を付け加える必要が出てくる。そういうことがけっこうあるんです」

アニメーションスタジオ ©Belumg Belumg Na Uai
ガラス板の上の人形たち ©Belumg Belumg Na Uai


「新作はそれで、7年かかっています。去年の秋に7、8割は出来ていたのですが、7年前に書いたシナリオに不満は出て来るし、初期に撮った場面は技術的にもしょぼくなっていて。それを丸ごと作り直したんです。結果的には、相当納得のいく作品にはなっているんですけど」


凄いな。


「凄くないです。凄くないんだけど……僕、中学高校と美術の評価は2や3ですからね。国語も同じ程度。一所懸命やったけど、どっちも5を取れたことがない(笑)。才能が無いところが才能なんじゃないですかね。よくやってるなあ、と自分でも思うぐらいで。
好きだったのは世界史。それに公民。三権分立といったことを学ぶ教科です。国のなりたち、仕組みといったことを勉強するのは好きでしたね」


個人制作のアニメーションは、自分が手を動かさなきゃ作れない。ドキュメンタリーは、人が動いてくれなきゃ作れない。


「ええ、そこは全く違いますね」


でも、水本さんなりに掴んでいる共通点はあるのでは。そうでないと、なかなか同時進行も出来ないだろうと思うのですが。



「正直、ドキュメンタリーのほうが楽しいです。人はそうそうこっちが思うようには動いてくれない点も含めて。アニメーションのほうがキツいです。どう考えても。制作中は人と関われないし、自分と向き合う時間ばかりが続くので。コミュニケーションが無いとどんどん顔つきも悪くなってくる。1ヶ月、2ヶ月会わなかっただけの人にも『痩せたね』と驚かれます。けっこう過酷なんです。その点ドキュメンタリーは常に発見があるし、 常に迷いながら自分がそこにいる理由を探せます」

「アニメーション制作のモチベーションは突き詰めていくと、自分がやらないことにはこのイメージは生まれない、永久に形にならない、に尽きるんです。俺が思いついた以上は俺がやる以外には選択肢が無い、というところでやっています。逆にドキュメンタリーは、極端な話、その対象を他に撮りたい人がいたら任せてしまってもいいから」

「ドキュメンタリーは現実が相手ですから、ままならないことは起きるのですが、そっちのほうが楽しい。そう来たかって、予想通りにならない時ほど面白く感じますね。いつも自分が揺れ動かされる分、退屈せずにいられるというか」

「個人でアニメーションを作っていてナンですけど、自分の世界を100%コントロールできることには、それほど執着は無いんです。他のアニメーション作家さんに怒られるかもしれないけど、大体において僕、コンテを書かないんです。その場で全部、アドリブで撮っていく。始める時は、結末も決めていません」


……乱暴だなあ(笑)。


「言ってみれば、アニメーションでもドキュメンタリー的な作り方をしているんです。例えば、人形が何かを美味しそうに食べる動きを撮っているとして、指先がおかしな形に曲がると、直さずにそれに合わせて食べ物を手から落とす動きを加えるんです。そしたら、待てよ、その食べ物が転がって犬がやってきたら面白いぞ……と、動きが増えていく。その瞬間に、ストーリーも変わっていくんです。人形の右足を出そうと思ったら、左足が一緒に出ちゃった。じゃあそのまま転んでもらおう、とか(笑)。人形も予測できないアドリブをする。それに合わせて撮っていくんです」

『いぬごやのぼうけん』より  ©Belumg Belumg Na Uai


そうか。『いぬごやのぼうけん』にはところどころ、不思議な間があるんですよね。他の人形アニメーションにはなかなか無い、独特の。犬がいなくなったことに気付いたおじいさんのアップは、その後、探しに行くのか行かないのか、全く分からなかったりする。


「僕もどうしようかと思っている。ああいう時の気持ちは、おじいさんの人形本人にしか分からないんですよ(笑)」


そういう意味では、水本さんは『2つの旅のコーヒー』の時点ですでにかなり自分の作家性が成熟していたと言えますね。頭でっかちで具体性に欠ける反省があったといっても、そこに怯えを持ちながら表現していたのならば、それはとても大人の精神です。むしろ煮詰まっていたという『いぬごやのぼうけん』を経て、『きおく きろく いま』は凄く若返っている(笑)。


「やはり、初めて長編を一人で作った『繩文号とパクール号の航海』が一番のターニングポイントになっていると思います。
『いぬごやのぼうけん』の後、映画作りはもうやめてもいいかなと思っていました。だからこそ、最後の1球は子ども向けに、と思っていたんです。そこでどこか一区切りはついていた。その後に来たのが『繩文号とパクール号の航海』の話ですから」

「『繩文号とパクール号の航海』で、世の中に対してちゃんと何かを問いかけたい責任感がハッキリし、そのためには伝える方法論も今までのアプローチとは変えることが出来ました。
でも、やっぱり優等生ではないので高尚な説教は出来ない。映画を見た人の、明日からまた疑問なく会社にイヤイヤ通う日常に揺さぶりをかけてやるぞ、という気持ちは裏に込めつつ、です(笑)」


「明るい破壊活動」だ。


「そうそう。でもそういう揺さぶりにかかることは、絶対に後でポシティブな結果を生むと信じています。 東日本大震災の後、自分の生き方を変えた人が僕のまわりには沢山いるんです。同じように映画をやっていたけど免許を取って教職に就いたり、会社をやめてカウンセラーの道に進んだり。いろいろ考えたすえに東洋医学を学んで治療師になった人、畑を耕し始めた人……そんな友人も増えました」

「その中で僕は映画をやめず、むしろ特化させていくことを選んだ。もちろん、会社の仕事がその人の納得のいくものなら何も口出しする権利はありません。でも、自分の本当にやるべきことは何かは、誰でも一度は考えたほうがいいんです」


『縄文号とパクール号の航海』より  ©Yohei SATO
『縄文号とパクール号の航海』より  ©Yohei SATO


漫画家になりたいと思ったことは? 水本さんに向いている仕事だと思うけれど。


「絵を描くこと自体、それほど好きではないんです。美大に入ったのにデッサンが出来ないし。アニメーションを作りたいから仕方なく描いているんです」


『舞いあがる塩』の、登場人物が人形になったり絵になったりする時の、墨絵のような表現は見事なものでしたよ。


「最初はワンカットごとに違う表現にしたいと思っていたんです。結果的には、数シーンごとになっていますけど。要はアニメーションと言っても、〈動くイラスト〉のようなのは苦手なんです。僕がアニメーションで表現したいのは空間であり、その場の光です。作家でいうと、カレル・ゼーマンが好きなんですよ。
それでも絵には絵の力があるとは分かっていますから、それで『舞いあがる塩』では、人形と絵を組み合わせてみたんです。平面の絵だった男が急に立体的な人形になる、そのカットの驚きを出したかったのがまずあるし、その変化が、旅に出ていることを表しているな、とも思ったんです」

「初めて旅した海外は、中東のシリアでした。シリアでずっとバスに乗っている時、頭の中がスカーンと抜けていく気分を味わったんですよね。あの感じこそが旅だ、というのが僕の中でずっとあります」

シリアを歩いたときの景色   ©Belumg Belumg Na Uai

水本さんのアニメーションの、手作りの味わいも多くの人に楽しんでほしいところです。『買い物袋と馬の親子』の、アルミホイルで作った夜の空なんか、ワクワクしますし。『いぬごやのぼうけん』の海は?


「セロハンです。カメラの前でロールで回して、ユラユラした感じを出しました。考えつく時は……大変ですよ。海の中で溺れる場面も、自分でシナリオを書いておいて、あれ、溺れるってコマ撮りでどう見せればいいんだろうって(笑)。いろいろな素材で実験しなくちゃいけない。それだけでもズーンと頭が重くなりますからね。結果的に、セロハンが一番コントロールしやすいと分かって良かったんですけど、それも全部手探りです」

「平成ゴジラの特技監督だった川北絋一さんが昔、特撮のノウハウを書いた本が出していて。それをかなり参考にしています。大きなセットやステージが大前提の内容なんですが、『砕いたガラスを敷いて照明を当てれば水面に見える』といった、一人でも手作りで出来ることが書いてあるんです。フォトショップでやれば一発かもしれないけど、そういうのはつまらないから」


次回作も、海が舞台になるのでしょう? SNSで、ウミガメの人形だけ披露していましたね。


「はい。アニメーションの新作のほうは、少しだけ言うと、象が海を泳いで渡る話です。また海。最近になって、自分は海に縁があるんだなあ、とようやく実感しています(笑)。一方で今、インドネシアを定期的に訪ねてマグロ漁師を撮っています。数年後には形にするつもりでいます。他にもいくつか、国内で進めているものがあります」


新作『よるのたんけん』より ©Belumg Belumg Na Uai
新作『よるのたんけん』より ©Belumg Belumg Na Uai
新作『マンダールの船乗り(仮)』より  ©Belumg Belumg Na Uai
新作『マンダールの船乗り(仮)』より  ©Belumg Belumg Na Uai




(了)



【話し手】
水本博之(みずもと・ひろゆき)
1982年生まれ。グレートジャーニーで知られる探検家・ 関野吉晴の手づくりカヌーの旅に同行しドキュメンタリー映画『縄文号とパクール号の航海』(2015) を監督。以後もドキュメンタリーを制作中。一方で手づくりにこだわった人形アニメーションも制作、国内外で発表している。


【聞き手・構成】
若木康輔(わかき・こうすけ)
1968年北海道生まれ。日本映画学校卒。1996年よりフリーランスの構成作家。2006年頃より映画ライターとしても活動。ドキュメンタリー・レコードの廃盤を紹介する「ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー」をneoneoウェブで連載中。


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